大判例

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広島地方裁判所 平成7年(ワ)532号 判決

原告

岡田泰幸

原告

岡田雅子

原告両名訴訟代理人弁護士

椎木緑司

被告

A坂二郎

右訴訟代理人弁護士

岡秀明

被告

B山一郎

被告

共栄運輸有限会社

右代表者代表取締役

福島洋一

被告

日新火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

縄船友市

右被告三名訴訟代理人弁護士

新谷昭治

前川秀雅

被告

C上三郎

被告

三井海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

松方康

右被告両名訴訟代理人弁護士

臼田耕造

主文

被告A坂二郎、被告B山一郎、被告共栄運輸有限会社は、各自、原告両名に対し、それぞれ金五四一七万六七一一円及びこれに対する平成五年四月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

被告日新火災海上保険株式会社及び被告三井海上火災保険株式会社は、各自、前段の判決が確定したときは、原告両名に対し、それぞれ金五四一七万六七一一円及びこれに対する平成五年四月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告両名の被告A坂二郎、被告B山一郎、被告共栄運輸有限会社、被告日新火災海上保険株式会社及び被告三井海上火災保険株式会社に対するその余の請求並びに被告C上三郎に対する請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告両名に生じた費用の六分の五を被告A坂二郎、被告B山一郎、被告共栄運輸有限会社、被告日新火災海上保険株式会社及び被告三井海上火災保険株式会社の連帯負担とし、右被告らに生じた費用を各自の負担とし、原告両名に生じたその余の費用と被告C上三郎に生じた費用とを原告両名の負担とする。

この判決は第一段に限り仮に執行することができる。

事実

第一  申立

一  原告両名

被告A坂二郎、被告B山一郎、被告共栄運輸有限会社及び被告C上三郎は、各自、原告両名に対し、それぞれ金五七四二万七二〇五円及びこれに対する平成五年四月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

被告日新火災海上保険株式会社及び被告三井海上火災保険株式会社は、各自、前段の判決が確定したときは、原告両名に対し、それぞれ金五七四二万七二〇五円及びこれに対する平成五年四月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

仮執行宣言

二  被告ら

原告両名の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告両名の負担とする。

第二  主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

日時 平成五年四月二三日午前三時五分頃

場所 広島県東広島市西条町西条東〈番地略〉カーショップ東広島先交差点

事故車両一 普通乗用自動車(〈車両番号略〉、以下「甲車」という)

右運転者 被告A坂二郎(以下「被告A坂」という)

右同乗者 岡田憲祐(以下「岡田」という)

事故車両二 大型貨物自動車(〈車両番号略〉、以下「乙車」という)

右運転者 被告B山一郎(以下「被告B山」という)

事故車両三 普通貨物自動車(〈車両番号略〉、以下「丙車」という)

右運転者 被告C上三郎(以下「被告C上」という)

態様 甲車が乙車に衝突し、更に丙車に衝突したもの(以下「本件事故」という)

2  責任

被告A坂は甲車を、被告B山は乙車を、被告C上は丙車をそれぞれ運転し、本件事故現場交差点を通過するに際し、減速の上左右の安全を確認する注意義務があるのにこれを怠った過失があるから、いずれも民法七〇九条、七一九条の共同不法行為責任を負う。

被告A坂は甲車を、被告共栄運輸有限会社(以下「被告共栄運輸」という)は乙車を、被告C上は丙車をそれぞれ保有して自己のため運行の用に供していたから、いずれも自賠法三条による損害賠償責任を負う。

被告三井海上火災保険株式会社(以下「被告三井海上火災」という)は、甲車及び丙車についていずれも自動車保険契約を締結し、運転者又は運行供用者の責任の確定を停止条件として、直接被害者に対し損害賠償に任ずる旨約していたから、その責任を負う。

被告日新火災海上保険株式会社(以下「被告日新火災海上」という)は、乙車について自動車保険契約を締結し、運転者又は運行供用者の責任の確定を停止条件として、直接被害者に対し損害賠償に任ずる旨約していたから、その責任を負う。

3  生命侵害

本件事故により、甲車の同乗者である岡田は脳挫傷の傷害を受け、右事故当日死亡した。

4  損害

① 逸失利益

七九四一万三一〇〇円

賃金センサス平成四年第一巻第一表による男子労働者の年収額をもとに、岡田(昭和四七年一一月一一日生、当時二〇歳、男、大学生、独身)の二二歳から六九歳までの収入合計額の死亡時における現価を中間利息控除割合を法定利率の年五分として換算すると、別表のとおり一億五八八二万六二〇〇円となるから、生活費割合を五〇パーセントとすると、その逸失利益は七九四一万三一〇〇円となる。

② 慰謝料 二五〇〇万円

③ 合計

一億〇四四一万三一〇〇円

5  相続

原告両名は岡田の両親であり、同人の死亡により相続が開始し、相続分二分の一宛相続した。

6  弁護士費用

原告両名にそれぞれ五二二万〇六五五円

7  結論

よって、原告両名は、被告A坂、被告B山、被告共栄運輸及び被告C上に対し、連帯して、それぞれ損害合計額の相続分二分の一である五二二〇万六五五〇円に弁護士費用五二二万〇六五五円を加算した五七四二万七二〇五円及びこれに対する本件事故の翌日である平成五年四月二四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、被告日新火災海上及び被告三井海上火災に対し、将来給付の訴えとして、右被告らに対する判決確定を条件として、連帯して、それぞれ前記五七四二万七二〇五円及びこれに対する本件事故の翌日である平成五年四月二四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  被告A坂

請求原因1のうち、甲車の運転者が被告A坂、同乗車が岡田であるとの点は否認し、その余の事実は認める。右被告に本件事故時の記憶はないが、甲車の運転者は岡田であり、右被告は同乗していたものと考えられる。右事故前、右被告は甲車を運転し、助手席に道案内役の岡田を、後部座席に平井を乗せて濱中宅に赴き、同女を助手席に乗せたが、同女の知人は岡田のみのため、同人は濱中の隣に乗車するため、右被告と交代して運転者となったものと考えられる。

請求原因2のうち、被告A坂の責任は否認する。被告A坂は本件事故時甲車を運転していなかったものと考えられる。また、甲車は、右被告が自己の車両を修理に出して修理業者から代車として提供を受けていたものであるから、甲車の保有者は修理業者であり、右被告ではない。

請求原因3は認める。

請求原因4は争う。

請求原因5は認める。

請求原因6は争う。

2  被告B山、被告共栄運輸及び被告日新火災海上

請求原因1のうち、甲車の運転者が被告A坂、同乗者が岡田であるとの点は不知、その余の事実は認める。

請求原因2のうち、被告共栄運輸が乙車を保有して自己のため運行の用に供していたこと、被告日新火災海上が同車について自動車保険契約を締結していたことは認めるが、その余は争う。乙車の運転者である被告B山に過失はない。

請求原因3は認める。

請求原因4は争う。

請求原因5認める。

請求原因6は争う。

3  被告C上及び被告三井海上火災

請求原因1のうち、甲車の運転者が被告A坂、同乗者が岡田であるとの点は否認し、その余の事実は認める。甲車の運転者は岡田であり、右被告は同乗者である。

請求原因2のうち、被告三井海上火災が甲車及び丙車について自動車保険契約を締結していたことは認めるが、その余は争う。丙車の運転者である被告C上に過失はない。右被告は丙車の運行供用者ではない。右被告は丸久運輸株式会社に雇用されて運転していたにすぎない。

請求原因3のうち、岡田が脳挫傷の傷害を受けて本件事故当日死亡したことは認めるが、その余は争う。同人は、甲車と乙車が衝突した際、路上に投げ出されて死亡したものであり、その後に生じた甲車と丙車との衝突によって死亡したのではないから、右衝突は同人の死亡と因果関係がない。

請求原因4は争う。未就職者の逸失利益の算定に昇給を加味することは相当ではない。

請求原因5は認める。

請求原因6は争う。

三  抗弁

1  被告共栄運輸及び被告日新火災海上(乙車について免責又は過失相殺)

本件事故は、甲車の運転者(それが被告A坂であっても岡田であっても)が飲酒の上右事故現場交差点信号機の赤色点滅を無視して安全を確認することなく猛スピードで右交差点に進入するという一方的過失によって惹起されたものであり、乙車の運転者である被告B山に過失はない。したがって、同車の保有者である被告共栄運輸及び同車について自動車保険契約を締結している被告日新火災海上はその責任を負わない。

仮に免責が認められないとしても、甲車の運転者が岡田であるとすれば、同人には本件事故について前記のとおり重大な過失があるから、大幅な過失相殺が認められるべきである。

2  被告三井海上火災(丙車について免責)

本件事故は、甲車が右事故現場交差点信号機の赤色点滅を無視して一旦停止もしないで高速度で交差点に進入し、左方から交差進行してきた乙車に衝突し、跳ね飛ばされて回転しながら、乙車に対向進行中の丙車の進行車線に飛び込んできたという特異な事例であり、同車の運転者である被告C上に甲車との衝突回避を求めることは不可能を強いるものである。右事故は専ら甲車、乙車の各運転者の過失によるものというべきであり、丙車の運転者である右被告に過失はない。したがって、同車については被告三井海上火災は自動車保険契約上の責任を負わない。

四  抗弁に対する認否

抗弁は争う。

理由

一  交通事故の発生

請求原因1のうち、甲車の運転者が被告A坂、同乗者が岡田であるとの点を除いたその余の事実は当事者間に争いがない。

原告両名は甲車の運転者が被告A坂、同乗者が岡田であると主張し、被告らはこれを争うが、次に説示するように、原告両名主張のとおり甲車の運転者は被告A坂であり、岡田は甲車に同乗していたものと認めるのが相当である。

1  経緯

甲第一、第二号証、第八乃至第二四号証、第三四乃至第四四号証、乙第一、第二号証、被告B山一郎本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

① 本件事故前

平成五年四月二二日午後一〇時過ぎ頃、当時大学生であった岡田、平井充晴(以下「平井」という)及び被告A坂は電話で連絡を取り合い、岡田の居住するアパートに参集し、約四時間程飲酒し雑談するなどしていた。夜もふけてから、女性を呼ぼうという話が出、平井が知人の大学生濱中聡子(以下「濱中」という)に電話連絡をとり(同女は平井とのみ面識があり、岡田及び被告人とは全く面識がなかった)、濱中が呼出に応じたので、飲酒していたにもかかわらず三人で車で迎えに行くことになった。その際、被告A坂が岡田宅に運転してきていた甲車(右被告が自動車販売業者に新たに車両の購入を申し込み、当該車両の到着を待つ間右業者から代車として提供されていた車両)を使用することとなり、右被告が運転し、助手席に濱中宅近辺の地理を偶々知っていた岡田が道案内役として座り、後部座席に平井が乗り、濱中宅前に赴き、同女を呼び出し、同女を乗車させた。

なお、被告A坂、岡田、平井ら仲間が車に乗って一緒に行動する場合、三人とも運転免許を有していたが、一番運転経験が豊富な右被告がその所有車両を運転して他の者らを同乗させるのが常であり、右被告がいるのにその車両を他の者が運転するというようなことは過去にはなかった。また、三人の中では被告A坂が一番酒に強かった。

② 本件事故時

本件事故現場は、東西に通じる片側一車線の国道二号線(最高速度五〇キロメートル毎時)と南北に通じる片側一車線の道路が交差する十字路交差点であり、右事故の発生した平成五年四月二三日午前三時五分頃、右交差点信号機は東西方向に黄色点滅、南北方向に赤色点滅をしていた。現場は市街地にあり、交差道路相互の見通しはよくなかった。

そのとき、被告B山は乙車を運転し、東西に通じる国道二号線を時速約五〇キロメートルで東進して本件交差点手前に差し掛かり、右交差点信号機の黄色点滅を認めたが、深夜のため交差道路方向の交通が閑散と速断し、格別減速することもなく、そのまま交差点内に進入したところ、自車右側部に衝撃を感じ、制動操作をしたが効果がなく、サイドブレーキを引くなどして徐々に減速し、右交差点から東方約三七〇メートルの地点にようやく停止した。

被告C上は丙車を運転し、東西に通じる国道二号線を時速約五〇キロメートルで西進して本件交差点手前に差し掛かり、対面信号機の黄色点滅を認めるとともに、交差点内を対向進行してくる乙車を認めたところ、突然左方交差道路から甲車が現れ、時速六、七〇キロメートルの速度で交差点内に進入し、そのまま乙車の右側部に激突し、跳ね返されるように右旋回しながら、自車方向に向かってきたため、急制動の措置をとったが、間に合わず、甲車は交差点東側付近で丙車右前部に衝突した後、右衝突地点から押し戻されるように交差点北東角付近の電柱に車両後部を衝突させて停止し、丙車は交差点南東角付近にまで進んで停止した。

③ 本件事故後

本件事故直後、甲車は交差点北東角付近に大破して南向きに停止し、同車の助手席ドアに濱中がくの字形にぶら下がり、後部座席に平井が足を挟まれた状態で座り、交差点南東角付近に同車から投げ出された被告A坂が仰向けに、交差点中央付近に同様岡田が俯せにそれぞれ転倒していた。

救急車到着当時、岡田及び濱中はいずれも意識がなく、それが回復しないままそれぞれの搬入先の病院で間もなく、岡田は脳挫傷により、濱中は脳底骨折により死亡した。平井は救急車到着当初から意識があり、救急隊員に実家の電話番号を告げるなどした。被告A坂は救出時意識はなく呻き声をあげていたが、約二〇分経過して東広島市所在の西条中央病院に搬入されたときには意識があり、医師の質問に答えるなどし、同病院に一緒に搬入された濱中の容態や他病院に搬入された岡田及び平井の安否を気遣い、何度も「わしが悪かったんじゃ」などと言い、担当の青山昭美医師には、濱中を車に乗せて送っていく途中だったなどと言っていた。これらを聞いて、右医師は右被告が運転中に事故を起こしたものと理解していた。右被告は入院当初から意識ははっきりしており、同病院では意識障害をうかがわせる所見はなかった。

岡田の死体の実況見分では、前頭部左即頭部挫創、顔面挫創、頚部挫創傷、胸腹部挫傷、鎖骨肋骨骨折、背部腰部挫傷、肛門部挫創、左右上肢挫傷、左下肢挫傷が認められた。

平井は後日その入院先を訪れた警察官による事情聴取に応じ、本件事故当時被告A坂が甲車を運転していた旨供述した。

被告A坂に対する西条中央病院の診断は頭部外傷、頭部両下肢裂挫創、腹部外傷性膵損傷、左足関節脱臼、腎不全等であった。担当医の青山医師は二〇数年間数千例の交通事故による救急患者を診察してきていたが、その経験からして右被告の腹部及び下肢の外傷を運転席で衝突事故に遭った者に典型的な症例と認識していた。

被告A坂は平成五年五月一一日その両親の意向により担当医の反対にもかかわらず西条中央病院から他病院に転院した。

その後、被告A坂は捜査当局による取調べに対し本件事故当時の記憶がない旨供述し始めた。

その頃、平井も検察官からの事情聴取に対し本件事故当時の記憶がない旨供述し始めた。

被告A坂と平井の言う記憶の喪失は、いずれも喪失内容が本件事故時の甲車の運転者を含む一切の状況であるという点で一致するのみならず、喪失の始まる時点が濱中宅に同女を迎えに行った時点(それまでの記憶は両名とも鮮明)であるという点でも一致している。

④ 鑑定等

被告A坂は、広島地方裁判所に本件事故について業務上過失致死傷事件の被告人として起訴された(平成六年わ第六六一号)が、記憶がないとして無罪を主張した。

右刑事裁判においては、本件事故現場における車両の衝突、破損の状況、事故直後の被告A坂らの転倒位置、傷害の部位程度等を基に工学的、運動力学的から右事故状況を再現する試みとして鑑定が採用され、当初の鑑定人大慈彌雅弘(日本交通事故鑑識研究所工学士)から右事故当時岡田が運転席、右被告が後部右座席に座っていた可能性が高い旨の鑑定(以下「大慈彌鑑定」という)が提出されたが、名古屋地方検察庁総務部採証課理化学採証係長牧野隆からは、同様の資料を前提に、右被告が運転席、岡田又は濱中が助手席に座っていた可能性が高い旨の意見(以下「牧野意見」という)が提出され、更に医学的観点を加味する趣旨で、再度工学関係の専門家と医学関係の専門家による共同鑑定が採用され、鑑定人茄子川捷久(北海道自動車短期大学教授)及び同浅井登美彦(札幌医事法研究所所長医師)からそれぞれの専門分野より得た結果を総合調整した上で、前部座席(運転席及び助手席)に右被告及び岡田(どちらが運転席かは特定できない)、後部右座席に濱中、同左座席に平井がそれぞれ座っていた可能性が高い旨の鑑定(以下「茄子川・浅井鑑定」という)が提出された。

大慈彌鑑定においては岡田の受傷が運転席でなければ惹起されないもので、被告A坂の受傷が後部座席で惹起される可能性が高く、運転席で惹起される可能性が低いとしているのに対し、茄子川・浅井鑑定はこれに批判的であり、牧野意見はむしろこれとは逆の立場で(被告A坂の頭部外傷、頭部両下肢裂挫創、腹部外傷性膵損傷、左足関節脱臼、腎不全等のうち、頭部外傷等はフロントガラス等に、両下肢裂挫創はダッシュボード等の硬いものに、腹部外傷性膵損傷はハンドル等に打ち付けることによって、左足関節脱臼は衝突直前に脚を踏ん張ることによって生じ、前方の危険をいち早く察知しやすい運転者に多い症例であり、右被告が運転者であった可能性が高いとする)見解がまとめられている。

以上のとおり認められ、甲第三四、第三七号証中右認定に反する部分は甲第四〇号証に照らし、採用できない。

2 判断

前記1認定の甲車の被告A坂による通常時の運転状況、本件事故直前の濱中を迎えに行くまでの右被告による運転事実、その後運転を交代すべき具体的事情は見当たらないこと(後記のとおり)、右事故直後の右被告の搬入先病院での「わしが悪かった」などとの自責的言動、平井の入院先での警察官に対する右被告を運転者とする旨の当初の供述、茄子川・浅井鑑定及び牧野意見に見られるように右事故の際の車両の破損状況、右被告らの転倒位置、傷害の部位程度等による工学的、運動力学的、医学的観点からの検討においても右被告を右事故時の運転者とすることに不合理はないこと(大慈彌鑑定を採用しがたいことは後記のとおり)などからすると、右事故時の甲車の運転者は右被告と認めるのが相当である。

被告A坂及び平井が本件事故時の記憶がないとする後日の供述については、両名ともほぼ右事故直後から意識があり、ともに当初は右被告による運転の事実を認め、或いはそれに近い趣旨の発言をしていたのに、揃って後日同じ頃に記憶の喪失を供述し始めたばかりか、その喪失内容もほぼ同一で、喪失の開始時点もほぼ一致するなど、偶然にしては不自然である。また、甲第二二号証によれば、平井は、当初警察官に対し右事故時の運転者が右被告であると供述した点について、推測を述べたにすぎず、右供述当時事故時の記憶はなかった旨弁解しているが、二名の死亡者を出した重大な交通事故車両の同乗者が、捜査官からその車両の運転者を問われて、記憶もないのに単なる推測で特定個人を名指しするなど通常考えがたく(名指しをした相手に恨みでもあれば別かもしれないが)、本当に記憶がなかったのであれば、「記憶がない。わからない。知らない。」などと返答する筈のものであり、この点に関する平井の弁解は不自然であり、容易に納得しがたい。平井は当初警察官に対し率直に事実を述べたと見るのが自然である。さらに、右被告についても、仮に意識を失い右事故時の記憶を喪失していたのであれば、意識の回復と同時に、事故の重大性からして、何がどうなって事故が発生し、自分はどのように関与したのかを知ろうと努力するのが通常であろう(そのことは仮に事故車両が自分のものであったとしても、自分は運転していたのであろうかと自問自答し、周囲に対し運転者は誰であったか質問するなどして、その確認に躍起になるのが自然な行動というべきものであろう)と思われるが、前記1③のとおり、右被告はそのような素振りもなく最初から自責的な言動をしており、これは意識回復直後の記憶喪失者の言動としては不自然といわざるを得ない。右被告の自責的言動は自己の責任を明確に認識する者が自責の念にかられてとった言動と見るのが自然である。このように、右被告及び平井の両名の本件事故時の記憶を喪失したとする後日の供述には多々不自然な点があり、直ちには採用しがたいのに対し、右事故後まもない頃の右両名の言動は前後の経緯からして不自然さはなく、時間の経過に伴う利害、打算、情実等の入り込む余地もなく、採用に値するものというべきである。

被告A坂は、請求原因に対する認否1第一段のとおり、本件事故前、右被告は甲車を運転し、助手席に道案内役の岡田を、後部座席に平井を乗せて濱中宅に赴き、同女を助手席に乗せたが、同女の知人は岡田のみのため、同人は濱中の隣に乗車するため、右被告と交代して運転者となったものと考えられる旨主張するが、前記1①のとおり濱中と面識のあったのは平井であり、濱中と岡田とは全く面識がなかった(その旨平井が断言している。甲第二二号証)のであるから、右主張は前提を欠き、失当である。他にも右被告と岡田が運転を交代すべき具体的事情は何ら見当たらない。

本件事故当時甲車の運転者が岡田であったと積極的に言うのは大慈彌鑑定のみである(被告A坂の供述においてすらそこまで言及せず、「記憶喪失」を言うのみである)が、右鑑定は、岡田の受傷が運転席でなければ惹起されないもので、被告A坂の受傷が後部座席で惹起される可能性が高く、運転席で惹起される可能性が低いことを前提として組み立てられているところ、大慈彌鑑定人は交通事故傷害関係の医学の専門家ではなく、右前提自体、医学的専門知見をも加味した茄子川・浅井鑑定に否定されている(牧野意見にも反する)上に、前記西条中央病院の青山医師の見解とも齟齬していることからして、その信頼性には疑問があり、採用することはできない。

元来、この種の交通事故鑑定は現場状況、衝突地点、車両停止位置、破損状況、受傷者の転倒位置関係、受傷の部位程度等の状況記載書面を参考に、後日、工学的、運動力学的、医学的観点から、右事故状況を再現しようと試みるものである性質上、資料入手に限界が避けられず、特に、力学的因果の連鎖の認定については、掌握できていない種々の微細な諸条件の介在や相互作用によって、当初の小さな判定誤差の増幅が極大化しかねないといった特徴(或いは危倶というべきか)を有することなどから、あくまでもある種大づかみな可能性の指摘にとどまらざるを得ないという問題点がある(同一事象を対象としながら大慈彌鑑定、牧野意見、茄子川・浅井鑑定における甲車の乗員の座席位置に関する見解がそれぞれに異なっていること自体がこの種鑑定の限界乃至危うさを物語っている)ところ、大慈彌鑑定は、大雑把な実況見分調書や現場痕跡の伝聞等をもとにしているにしては、その論述は些か断定的な趣が強く、推論の積み重ねの諸段階において他の可能性に関する検討に乏しい印象を払拭しきれず、茄子川・浅井鑑定に照らし、納得しがたいものがある。

右のような大慈彌鑑定の前提判断や論述に対する疑問等に照らすと、前記証拠関係の下では、右鑑定の存在をもって前記認定を左右するに足りるものとはいえない。

以上の次第で、甲車の運転者は被告A坂であり、岡田は同車に同乗していたものと認めるのが相当である。

3 刑事判決との関係

なお、被告A坂の提出した乙第二号証によれば、本件事故に関する右被告を被告人とする業務上過失致死傷事件(広島地方裁判所平成六年わ第六六一号)の刑事裁判において無罪の判決(理由は、要するに右被告が甲車を運転していた可能性は高いものの、岡田が運転していた可能性も否定できないとする)が言い渡されたことが認められるが、右判決の存在によっても、前項の判断は左右されるものではない。

右刑事裁判に対してコメントする立場にはないので、一般論を述べるしかないが、刑事裁判と民事裁判はその当事者、構造、趣旨、目的等を異にする別の制度であり、同一の事件を対象とする場合でも、制度上、判断の不一致を来す場合がないではない。

すなわち、刑事裁判においては国家による犯罪の嫌疑を受けた被告人に対する刑罰権の発動のための前提として事実認定をするのに対し、民事裁判は私人間の権利義務の確定や利害の調整等のために事実認定をする手続であり、刑事裁判が検察官側と被告人及び弁護人側との対立構造をとる(被害者は証人として呼ばれることがあり得る程度で、当事者としては埒外に置かれ、手続に介入し得ない)のに対し、民事裁判では利害の対立する私人同士の対立構造をとり(被害者、その他関係人等は当事者として被告人と直接対峙し損害賠償等を求めることができる。このとき検察官は介入しない)、刑事裁判では国家を背景として圧倒的優位に立つ検察側に対する被告人の権利保護のため証拠法則上有罪立証に種々の制限等があり、「疑わしきは被告人の利益に」の原則が貫かれる(それは派生的には「疑わしきは被害者の不利益に」ということになりかねない面がないではない)のに対し、民事裁判では私人相互が平等な当事者として原則として自在に証拠を提出して立証事項の証明を競い、裁判所の自由心証を獲得する(「疑わしきは加害者の利益に」或いは「疑わしきは被害者の不利益に」などといったことは当事者平等の原則上許されない)などの相違があるほか、刑事裁判における有罪心証に至る証明度と民事裁判における認定心証に至る証明度との間には制度趣旨を反映した質的次元的差異がある。このように刑事裁判と民事裁判とは制度上全く別異のものであり、両者間に優劣関係もない。

以上の理は、本件事故についても同様であり、前記無罪判決によっても、本訴に現れたその他の証拠関係からして、前項の判断は変更の余地を認めない。

二  責任

1  被告A坂

前記一1、2によれば、被告A坂は、飲酒の上、岡田、濱中及び平井を同乗させて甲車を運転し、国道二号線と交差する南北に通じる道路を北進して本件事故現場交差点に差し掛かったが、信号機が赤色点滅をしているのにこれを無視し、交差する右国道を進行する車両の安全を確認することなく、時速六、七〇キロメートルの高速度のままで右交差点に進入し、折柄国道二号線を東進してきた乙車の右側面に甲車を激突させ、この結果、同車は跳ね返されるように右旋回して右国道を西進してきた丙車の右前部に衝突し、衝突後押し戻されるように交差点北東角付近の電柱に車両後部を衝突させて停止したものと認められるところ、これによれば、右被告には交差点を直進するに当たり赤色点滅の信号機を無視し、交差する国道を進行する車両に対する安全を確認する注意義務を怠った過失があることが明らかである。したがって、右被告は民法七〇九条の不法行為責任を負う。

また、前記一1①のとおり、被告A坂は、自動車販売業者に新たに車両の購入を申し込み、当該車両の到着を待つ間右業者から代車として提供されていた甲車を運転していたのであるから、右被告は同車についてこれを使用する権利を有し自己のために運行の用に供していたものというべきである。したがって、右被告は自賠法三条の運行供用者責任を負う。

なお、被告A坂は請求原因に対する認否1第二段のとおり主張する(修理業者に自己の車両を修理に出していたという点は前記一1認定の事実に反する)ところ、代車提供した自動車販売業者が右代車の保有者であることはそのとおりであるが、右被告に対する代車提供によって右販売業者の保有者としての運行支配、利益が失われることはなく、右販売業者も右被告とともに運行供用者責任を負うだけの話であり、右被告が免責されるわけのものではない。

2  被告B山、被告共栄運輸及び被告日新火災海上

原告両名と被告B山、被告共栄運輸及び被告日新火災海上との間において、請求原因2のうち被告共栄運輸が乙車を保有して自己のため運行の用に供していたこと、被告日新火災海上が同車について自動車保険契約を締結していたことは争いがない。

前記一1②によれば、被告B山は乙車を運転して本件交差点に進入するに際し、信号機の黄色点滅を認めたが、深夜のため交差道路方向の交通が閑散と速断し、交差道路に対する安全確認の上減速をする注意義務があるのにこれを怠った過失があるものというべきである。

したがって、被告B山は民法七〇九条の不法行為責任を負い、被告共栄運輸は自賠法三条の運行供用者責任を負い、被告日新火災海上は乙車について自動車保険契約上の責任を負う。

なお、被告共栄運輸及び被告日新火災海上は抗弁1のとおり免責又は過失相殺を主張するが、被告B山に過失があったことは前記認定のとおりであり、本件事故が甲車の運転者被告A坂の一方的過失によるものとはいえず、免責の主張は理由がない。また、過失相殺の主張は甲車の運転者が岡田ではないから、その前提を欠く。

3  被告C上及び被告三井海上火災

原告両名と被告C上及び被告三井海上火災との間において、請求原因2のうち被告三井海上火災が甲車及び丙車について自動車保険契約を締結していたことは争いがない。

被告C上が丙車を保有していたことを認めるに足りる証拠はない。

前記一1②の事故状況からすると、丙車を運転する被告C上にとって、交差道路から飛び出してきた車両が対向車線上の対向車両に激突し跳ね返されて自車に向かってくることを事前に予見し得たとはいいがたく、何らかの過失があったとも認めがたい。

前記二1のとおり被告A坂及び右被告に代車提供した自動車販売業者は自賠法三条の運行供用者責任を負うから、被告三井海上火災は甲車について自動車保険契約(甲車の契約者は右販売業者と推認される)上の責任を負う。

三  生命侵害

原告両名と被告A坂、被告B山、被告共栄運輸及び被告日新火災海上との間において請求原因3の事実は当事者間に争いがない。

原告両名と被告C上及び被告三井海上火災との間において請求原因3のうち岡田が脳挫傷の傷害を受けて本件事故当日死亡したことは当事者間に争いがない。前記一1認定事実によれば、岡田は少なくとも甲車と乙車の衝突事故により死亡したものと認められる。

四  損害

1  逸失利益

七七三五万三四二二円

甲第三、第二九号証、原告岡田泰幸本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、岡田(昭和四七年一一月一一日生)は原告両名の長男で、本件事故当時二〇歳に達した健康な独身男性であり、広島大学工学部に通学し、卒業後就職を予定していたことが認められる。

右認定の岡田の年齢、性別、学歴、健康状態等に照らすと、岡田は同世代の同等の男性労働者と同様の就職による給与、昇給等により収入を得られたものと推定すべきである(なお、被告三井海上火災は、請求原因に対する認否3第四段のとおり、未就職者の逸失利益の算定に昇給を加味することは相当ではない旨主張するが、岡田がまもなく大学を卒業し、通常の大卒男性労働者として就職し、通常程度の給与、昇給を獲得し得るであろうことは容易に推定されるところであり、ことさら昇給を加味しないことは合理性にも欠け、被害者の損害算定を理由もなく不当に抑制するものであって許されない)。

したがって、岡田については、通常の就労開始年齢二二歳から就労し最終年齢六七歳まで昇給により原告両名主張の賃金センサス平成四年第一巻第一表産業計企業規模計男子労働者旧大・新大卒の年齢区分ごとの平均年間給与額(別表「平均賃金額」欄のとおり)を得られるものとみなすのが合理的であり、その収入合計額の現価は、原告両名の自認する中間利息控除割合法定利率年五分(指数は別表「中間控除額」欄のとおり)により年毎の収入を現在額に換算して(別表「(A)×(B)」欄のとおり)積算すると、別表のうち二二歳から六七歳までの計算表の合計額一億五四七〇万六八四四円となるから、逸失利益は右合計額から原告両名自認の生活費控除割合五割(通常の独身男性相当)を控除した残額七七三五万三四二二円と認めるのが相当である。

2  慰謝料 二五〇〇万円

前記認定の本件事故の態様、結果、岡田の年齢、境遇、家族状況等を総合考慮すると、その慰謝料は二五〇〇万円と認めるのが相当である。

3  合計

一億〇二三五万三四二二円

五  相続 各五一一七万六七一一円

請求原因5の事実は当事者間に争いがない。

したがって、原告両名が相続する損害合計額は各五一一七万六七一一円となる。

六  弁護士費用 各三〇〇万円

本訴の内容、審理の経緯、認容賠償額等を総合考慮すると、弁護士費用は原告両名について各三〇〇万円と認めるのが相当である。

七  結論

以上によれば、原告両名の請求は、被告A坂、被告B山及び被告共栄運輸に対し、連帯して、それぞれ損害合計額の相続分に弁護士費用を加算した五四一七万六七一一円及びこれに対する本件事故の後である平成五年四月二四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、被告日新火災海上及び被告三井海上火災に対し、将来給付の訴えとして、被告A坂、被告B山及び被告共栄運輸に対する判決確定を条件として、連帯して、それぞれ五四一七万六七一一円及びこれに対する本件事故の後である平成五年四月二四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条、六五条一項を、仮執行宣言について同法二五九条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官・矢延正平)

年齢

平均賃金額(A)

死亡時か

らの年数

中間控除額(B)

(A)×(B)

22

3,198,200円

2

0.9090

2,907,163円

23

3

0.8695

2,780,834円

24

4

0.8333

3,665,060円

25

4,463,700円

5

0.8000

3,570,960円

26

6

0.7692

3,433,478円

27

7

0.7407

3,306,262円

28

8

0.7142

3,187,974円

29

9

0.6896

3,078,167円

30

5,604,800円

10

0.6666

3,736,159円

31

11

0.6451

3,615,656円

32

12

0.6250

3,503,000円

33

13

0.6060

3,396,508円

34

14

0.5882

3,296,743円

35

6,664,100円

15

0.5714

3,807,866円

36

16

0.5555

3,701,907円

37

17

0.5405

3,601,946円

38

18

0.5263

3,507,315円

39

19

0.5128

3,417,350円

40

8,172,300円

20

0.5000

4,086,150円

41

21

0.4878

3,986,447円

42

22

0.4761

3,890,832円

43

23

0.4651

3,800,936円

44

24

0.4545

3,714,310円

45

9,316,200円

25

0.4444

4,140,119円

46

26

0.4347

4,049,752円

47

27

0.4255

3,964,043円

48

28

0.4166

3,881,128円

49

29

0.4081

3,801,941円

50

10,406,700円

30

0.4000

4,162,680円

51

31

0.3921

4,080,467円

52

32

0.3846

4,002,416円

53

33

0.3773

3,926,447円

54

10,406,700円

34

0.3703

3,853,601円

55

9,585,400円

35

0.3636

3,485,251円

56

36

0.3571

3,422,946円

57

37

0.3508

3,362,558円

58

38

0.3448

3,305,045円

59

39

0.3389

3,248,492円

60

7,197,600円

40

0.3333

2,398,960円

61

41

0.3278

2,359,373円

62

42

0.3225

2,321,226円

63

43

0.3174

2,284,518円

64

44

0.3125

2,249,250円

65

7,054,900円

45

0.3076

2,170,087円

66

46

0.3030

2,137,634円

67

47

0.2985

2,105,887円

68

48

0.2941

2,074,846円

69

49

0.2898

2,044,510円

合計   158,826,200円

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